映画「モリのいる場所」試写会レポート
12月某日、東京国立近代美術館にて映画「モリのいる場所」(2018年5月公開)の試写会が開催されました。
1974(昭和49)年、結婚52年目の熊谷守一とその妻・秀子のある夏の1日が描かれたこの映画では、山﨑努さんが熊谷守一役、樹木希林さんが秀子役を演じています。お二人は本展の音声ガイドにナビゲーターとしてもご登場いただいています。人生の深さを感じさせるすばらしいナレーションは圧巻です。ぜひ展覧会とあわせてお楽しみください。
試写会当日は本展担当学芸員、蔵屋美香によるミニレクチャーも行われましたので、その一部を抜粋してお届けします。
「映画でも触れられていますが、飄々としたルックスと言動から、しばしば仙人のようだと評された熊谷守一さん。晩年の明るく楽しげな画風のイメージも手伝って、悩み一つなく楽しい人生を送ったと思われる方が多いですね。しかし実際にはそうではなかった、ということを少しお話したいと思います。
たとえば、展覧会の第1室に展示している『「MK」雑記帳』(1925-26年頃)には、カメラを自作した時の焦点距離や現像液の調合についてのメモ、色彩学や音響学の研究に関するメモがぎっしりと書かれています。楽々と描かれたように見える作品の背後には、科学者のように緻密で膨大な研究があったわけです。
《稚魚》1958年 天童市美術館
例えば《稚魚》という作品は色彩学研究の成果を示すよい例です。魚はピンクがかった赤、背景は青緑で塗られていますが、これらは色相環でいう補色の関係(※)にある2色です。そのためしばらく見ていると、2色が互いに引き立てあい、魚がチラチラ動いているように見えるのです。
マンセルの色相環
会場風景
しかし、実際には守一は、こうした研究や勉強のようすをほとんど他人には見せませんでした。そのためこの展覧会では、たくさんの作品や資料から守一の隠された部分を読み解き、5つの「守一の謎」というコラムでご紹介しています。実際守一は、秀子夫人にもアトリエで制作している姿を見せなかったと言います。映画でも、山﨑さん演じる守一が夜一人でアトリエに入り、その後はすぐ翌朝の場面になるという部分があります。つまり映画の中でも、制作中の様子は見る人の想像にまかされているのです。おまけに作品は朝になっても前夜の下絵のまま。守一は夜の孤独な時間中、悩み、描きあぐねているわけです。 山﨑さんは役作りに際し、「渋面」という仮面を被せることで、守一がにぎやかな周囲から隔絶された人には見せない世界を隠し持っていることを表現されたそうです。わたしが展覧会で訴えようとしたことと、映画が描き出そうとしたものとは、「守一には隠された世界がある」という一点できれいに重なっているんです。」
当日は山﨑努さんと監督の沖田修一さんも駆けつけてくださりました。
映画を観る前に実際の作品を見ておくと、いろいろ繋がってくる場面もありますので是非展覧会へお越しいただき両方お楽しみください!